2021年1月16日NHKで放送開始のドラマ「ここは今から倫理です。」で出てきた心にとめておきたい名言をまとめました。
ギャラクシー賞 奨励賞を受賞!
倫理教師の高柳(山田裕貴)がドラマの中で言うことが刺さった人も多いのではないでしょうか?なぜダメなことなのか?なぜやってしまったのか?そんなことを考えてることができるかもしれません。
何を伝えたいのかがわかりやすく老若男女に見てほしいドラマです。ただし家族で見ると気まずいシーンも。
1話
高柳のことが好きだと言った女子生徒・逢沢いち子(茅島みずき)になぜ断ったのか。花魁を例に出して教えるシーン。
高柳「花魁になるには教養が必要です。古典や文学、囲碁将棋、舞踊や詩や三味線やお琴、茶道華道、彼女達は書道を習い文字まで美しかったといいます。つまり人を魅了するのは何も性的魅力だけではないということです。」
その後、逢沢が男子生徒に性行為を強要されそうになったところを助けた高柳。
逢沢「すき…私やっぱり先生が好き。いっぱい勉強する。綺麗な字かけるようになる」
高柳「”愛こそ貧しい知識から豊かな知識への架け橋である”マックス・シェラーの言葉です。続きはまた倫理の時間で。」
学校では吸えないタバコを近くの公共の喫煙所で吸う高柳。他の教師から注意されそれを見ていた男子生徒・谷口恭一(池田優斗)につぶやいた言葉
谷口「タバコなんてやめればいいのに」
高柳「すみませんが、タバコをやめることは私の救いにはならないのです。私は不当に部屋を追い出されたいじめられっ子ですか。強制的に毒を吸わせたいじめっ子ですか。」
いじめっこを救うため教師を目指す男子生徒の谷口に言った言葉。
高柳「善も悪もいつだって曖昧です。 “善なるものは吾これを善とし、不善なるものも吾またこれを善とする。徳は善なればなり。”老子の言葉です。善人も悪人もみな善人だということです。 善人であるから救う。悪人であるから救わない。そうしてしまえばあなたはいつかいじめっ子をいじめてしまうかもしれませんよ」
2話
夜遊びを繰り返し、授業中寝てばかりいる男子生徒の間に対し、電話で語った言葉。
夜遊びしてほしくない高柳に対し、「そんなの俺の自由じゃん」という間。
高柳「あなたは今不安なのですね。キルケゴールの言葉に”不安は自由のめまいだ”というものがあります。あなたは自由だ。夜の街に好きになるくことも、出たくない授業に出ないこともできる。しかし何もそこに自分を引き留めることもなく、どこまでも高く飛べる自由さはあまりにもどこまでも行き過ぎてあなたを不安にさせる」
夜遊びではなく映画を進める高柳
高柳「明日、映画の感想を聞かせてください。絶対に。映画を見る2時間は自由はないが不安もない。それは単純に楽しい時間です。」
映画を帰ってきた母とみて、翌日、朝きちんと学校に行った間
3話
容姿が良くちやほやされる妹へのコンプレックスから反抗的な態度をとる女子生徒・深川(池田朱那)へ言った言葉
高柳「美にして善であること。美しいことと良いことは同一である。その両方の実現を目指すべき。ギリシャの古い考え方です。ソクラテスは若者に言った。絶えず自分を鏡に映し美しければそれにふさわしいものになるように、見にくければ教養によってその見にくい姿を隠すように。魂をよくしなければ人間は良く生きることができない。」
4話
兄と2人暮らしの男子生徒・近藤陸(川野快晴)。兄がチンピラと薬物の取引で逃げてしまい近藤はチンピラたちにつかまってしまう。
それを救ったのがジュダトいうバーで働く謎の男。チンピラたちとも取引している。以前女子生徒のことでジュダに話を聞いていた高柳が近藤を助けにジュダ経営するバーに駆け付ける。そこでジュダが高柳と近藤に言った言葉
「人間は気ままに生きると争う悪になる」(哲学者カントの言葉)
いつの時代も人間は悪の方向へ流されてしまう。しかしその悪が人を生かすこともある。実際に高柳が過去に自殺未遂を繰り返す女子生徒が裏の組織で生きることを決め救われたことを近藤に話した。
何が善くて何が悪いのかはその人による。
5話
リストカットする女子生徒高崎由梨(吉柳咲良)が出てきた回での言葉。
「身体とは”生きられた”身体だ」(メルロ・ポンティ)
6話
図書館でよく同席する田村創(杉田雷麟)は母親の期待に応えようと受験勉強していた。その田村にかけた言葉。
「他者へのの没頭は、それが試練であれ、妨害であれ、愛情であれ、憎悪であれ、つまるところ自分から逃げるための手段である」(エリック・ホッファー)
学校でほとんどしゃべらない男子生徒・曽我涼馬(犬飼直紀)へ言った言葉。
「我々は他人と同じになるために厳しい自己放棄によって自身の4分の3を捨てねばならない」(ショウペンハウワー)
高柳「しかしあなたは決して他人と同じになろうとはしていない。4分の1くらいな気がします。捨てていたとしても」
曽我「2分の1」とついに一言だけしゃべる
高柳「約分しないほうが伝わりやすいと思ったんですよ・・・やっぱり4分の1かもですね」
高柳にお菓子を渡して去る曽田
7話
体育祭に向けて団結し盛り上がるクラスメートと距離を置く女子生徒・南香緒里(中田青渚)は倫理の授業で主義について考えていた。
逢沢いち子とも距離を置いていたが、高柳の話を聞くと、実は逢沢と南は個人主義という共通点があった。
そんな2人に高柳は集団主義の怖さを話す
高柳「結束力の集団の怖いところは猛烈に排除しようとするところ。集団の前に個人の意石や権利や尊厳を軽視するようになったら、全体主義という名の怪物となる。」
といじめを危惧する。
高柳の話をきいていち子はクラスのグループチャットを独断で抜けるが、無視されるようになってしまう。
その話を聞いた高柳は倫理の時間に、グループチャットに戻るべきかどうかを対話(議論)する。
高柳「倫理はどうすればよりよく生きられるかを考える学問です。」
常識は既に或る信仰である(三木清)
8話
クラスのグループチャットから抜けて、クラスから浮いてしまった女子生徒・逢沢いち子(茅島みずき)。倫理の時間でグループチャットに戻るべきかどうかを議論する。
その議論の中で男子生徒・曽我涼馬(犬飼直紀)が黒板に書いた言葉
「最大多数の最大幸福」(ベンサム)
できるだけ多くの人の幸福をもたらすことが善であるという考え。そのためにたった一人の犠牲は許されるのか?という意見であった。
「愛こそ貧しい知識から豊かな知識への架け橋である」(マックスシェーラー)
の言葉を用いて高柳に告白するいち子。
高柳「ありがとうございます。気持ちだけいただきます。逢沢さんならきっと良いひとが見つかります」と断る。
逢沢「先生が私を振るのを私の若さのせいにしないで。だってそれは私のせいじゃないもん」
高柳「逢沢さんは将来のことを考えていますか?結婚とか子どもとか」
逢沢「子どもは欲しい。結婚式もしたい」
高柳「私は結婚には懲りたから、もうしません」
逢沢「じゃあ初めからそう言ってよ。こんな必死に頑張らなくても」
高柳「すみません」
「人間は考える葦(あし)である」(パスカル)
人間は一本の葦(イネ科の植物)に過ぎない。しかし考える葦で、それは偉大であるということ。